2002年 7月15日起案、2002年11月22日更新
バリ旅行とその前座顛末記
新婚旅行先を挙式と同系列のバリのリゾートホテルに選びまして、式の翌日から出かけました。
おりしも、2002年台風第7号が紀伊半島に接近しつつあり、航空券の都合で関空経由になっていたため、
大変やきもきしましたが、無事、出かけることが出来ました。
目次:
1.結婚式まで
2.結婚式からチェックイン
3.滞在中
1.結婚式まで
全ては、ビン・ラディンが悪い。
2001年秋、結婚に向かって邁進(?)しかけた我々のスケジュールは、髭オヤヂの所為でめちゃめちゃに。
婚約者=現家内の時間が自由にならなくなり、それが明けたらこちらが航海。
航海直前に修行の旅のお誘いもかかり、一度は帰国後の2003年夏を覚悟しておりました。
再度、予定がひっくり返ったのは4月。新規に立ち上げた研究課題が選に通ってしまって大慌て。
# 平均採択率は3割に届かない
結局そちらの段取りをつけての出発は10月になってしまいました。
さて、納まらないのは婚約者。2年の待ちぼうけは耐え難いとの強い主張で、
出発前の挙式に。さらに、両家両親の移動を考えると夏休み前の2ヶ月で処理することに。
さて、上記腹を括ったのが 4月28日:修行の旅の決済が降りた、
良くある結婚雑誌やら買い込んで、なんとか簡単にすまそうと策を練って30日。
平日のうちに、両家両親を押し切って、宿舎借り換えを渋る人事課長代理にお・ね・が・いし、
※ この方、翌々月の人事異動でお役所に戻られました。
婚約者の休日出勤日を外して、絞り込んだ式場を見に行ったのが 5月 5日。
1件目は貧乏学者御用達の神田の某会館でしたが、
階段の多さに体の不自由な身内を考えて即却下:本人も階段で足挫いてたし。
2軒目、正直敷居が高く感じられたようですが、行き届いた配慮と
小さな会食のパックプラン有とのことでその場で予約を入れました:まさかとは思ったが。
さて、翌日、転居先を探します。ダメもとと訪れたご執心の都市公団の賃貸。
内見した瞬間、「自転車通勤可能な範囲」などどこへやら、「貴方の通勤さえ良ければ」となります。
確かに、値段以上の物件ですねぇ。幸い、家賃補助額ギリギリの範囲で一室有り、
別の内見者が来て慌てて仮予約:ちょっと意地汚いか。
転居手続きと挙式準備とでてんてこ舞いの2ヶ月の始まりです。
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2.結婚式からチェックイン
式までのすったもんだは、まぁ、いずこも同じようです。
身内だけで執り行うことで関係各方面を謝り倒しながら、
通常半年で4回の担当者との打ち合わせを2月半で2回で済ませ、それでも、
仮予約なら料金が掛かるブライダルフェアの試食会を無料で招待いただいたのには出席し、
貸衣装の担当者同士の連絡が悪いのにブチ切れて、何とか当日。
式後の宿泊は上層階の2部屋スイートw/ウォークインクローゼット&書斎コーナー。
な・の・に・家内の旅行の荷造りをしに、一度自宅へ戻ったため、滞在はわずかに10時間。嗚呼勿体ない…。
しかも、戻ったときにはバーも含めレストランが全て閉まっていて、ハリーポッターを見ながらルームサービスで夜食。
さて、一夜明けて。お義父様、お義母様を羽田にお送りしつつ、こちらも旅行へ。
往路は直行便が取れなかったため、関空で乗り継ぎ。
初めての海外旅行となるうちの奥さんはちょっと緊張気味:確かに仕事以外では私も初めてだが。
疲れが出たせいか、食事の後早速爆睡。こちらは何となく論文を眺めます。
しかし職業柄か、起きたかと思ったら、じっと翼端灯を見ています。
青の点滅を繰り返すその途中で不規則に白い光が入ります。私は良く知らないのですが、
客室乗務員を呼び止めて質問責めに。その方は結局操縦室の方まで戻り、丁寧にお答え下さいました。
しかも、トランプと模型、絵はがきまで貰って。
バリの市街地には馬がいました:ホテルの送迎車で宿泊先へ向かう途中、反対車線を走る馬車…。
夜も賑やかな繁華街を抜けていきます。今にして思えば10月のテロ現場のすぐそばを通ったはず…。
今回のバリといい、98年に学会で訪れたケープタウンといい、暫くして事件が起こるのは何故でしょう?
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3.滞在中
さて、到着と同時に私が絶不調。緊張が途切れたためかも知れません。そのためか、ロビーで撮った記念写真は酷く精彩を欠きます。
宿泊先にはかつてお世話になった方が勤務されており、その方のご厚意かそれとも新婚旅行待遇か、スタンダードルームを予約したにも関わらず、
メゾネットタイプのファミリースイートにup gradeしていただけました。勿論、家内はご機嫌。
それにしても部屋が広い…。正直持て余し気味で、ルームサービスをいただいたり、日中のリビング用として上階を、
夜休むには下の階をと使い分けたのは1日あったかどうか。一人暮らしの頃の2DKのアパートはもとより、66m2の新居より広いかも?
その部屋では食べきれないほどのウェルカムフルーツがお出迎えです:
滞在日数でどうにかいただくことが出来るかと思ったのですが、結局出発まで残りました。
これは、記念のハート型のケーキも頂戴したことと、翌日の朝食でも料理長さんのご厚意で更に豪華なフルーツを頂戴したから。
さすが熱帯の果物だけあって種類も多く、特に朝食後の方は沖縄出身の家内でも食べ方に悩んだもの多数。
どうにかガイドブックに助けられつつそれでも悩みながらいただきます。
特に謎なオレンジ色の果物が:皮がむかれてカットされているので大きさも不明。味、触感は柿を少し水っぽくしたような…。一体何というのでしょう?
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| これがハート型ケーキ(の残骸)だっ!!!
| 彩り鮮やかなウェルカムフルーツ
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項目だけにて失礼。
海:北島○郎とか、○映openingを彷彿とさせる波。海鳴りが聞こえる。あそこで泳ぐのは自殺行為だと思った。
砂浜が遠浅。立っているだけで沈んでいく。「液状化〜」と喜ぶ嫁さん。
アジア地域向け衛星放送が入るのですが放映権の都合か大リーグニュースでは動画らしきもののグレー画面が。
パンがおもしろかった。
信号がない:出会った唯一の信号は壊れてた。
田圃発見:店を探しつつ歩いていると、道ばたにいきなり現れた。
黄緑色の焼き瓦の家並み
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