2000年 9月29日 更新

インド洋調査航海(R/V かいれい)


目次:
 
出航まで Aug.31-Sep.4
 出航後 Sep.5-Sep.13
 転進そして初潜航 Sep.14-Sep.15
 再び南へ Sep.16-
 最終潜航! Sep.26

//わたくしごとの部屋へ:


出航まで Aug.31-Sep.4

 このたび3度目の調査航海に出掛けました。
 場所はインド洋:南緯33°東経57°。マダガスカル島から南東へ1500kmが目的の海域。
 そこで北へ1000kmほどの島国、モーリシャスの港町で首都でもあるポートルイスを寄港地とした行動になります。
 船は勤務先に所属している
「かいれい」という5000tの調査船で、
 先々月の20日に会社の専用岸壁から出航、途中オーストラリアで別のチームを乗せ
 別の海域の調査を終えて 9月 2日入港予定。
 ここで研究者が入れ替わって我々の調査海域で4週間弱調査してまた戻ってきます。
 クルーは乗りっぱなしですが調査海域に来るまではただの穀潰しの研究者は
 今回のように調査海域までの回航が長い場合には最寄りの寄港地から乗船するケースが多いのです。

 この海域は比較的調査されているところで、勤務先の別の船があの「しんかい6500」を連れて
 2年前にも調査に来ています。今回はアメリカのウッズ・ホール研究所と共同という点は同じですが
 メンバーを少し入れ替えて(おかげで私が入っている訳で)岩石採取を目的として無人探査機を使った調査となります。

 船より1日早く着いた我々は2年前の調査の際にも宿泊したという
 市街のど真ん中のビジネスホテル?に入りました。
 :この辺は日記もご参照ください。
 
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出航後 うねりに悩まされる日々 Sep. 5-Sep.13

 さて、出航前の打ち合わせ他でしばしば
石田船長が懸念されていたのですが、
 9月の南緯30度といえば早春、日本で言うと、3月はじめです。
 台湾沖に発生する低気圧で東京に大雪が降るような時期。
 海況不良による調査計画の遅延が心配されました。案の定、調査海域に着いても
 4mを超えるようなうねりのため無人探査機「かいこう」の潜航が出来ない日が続きます。
 突如として近海に発生した低気圧のため、時化ている海域からの避航が間に合わずに、
 大波に翻弄された時には最大傾斜が40°を超えていて、翌日船橋にて傾斜計を見たらば、
 最高値の指針が振り切れていました。
 録画をしていたという電子部の方のお話では45°も超えていたようです。
 あまりに強い衝撃のため、船首甲板の溶接部分に亀裂が入っていて、
 同程度の荒天には不安が出てきたため、もう無茶は出来ないと言うことに…。

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転進そして初潜航 Sep.14-Sep.15

 事此処に至り、少しでも海況の良い海域でとにかく潜航をということで、
 調査海域を北東に移し、とにかくの潜航を狙います。

 翌朝6時、船橋へ上がると船長がこちらを振り返り「やりましょう」との力強いお言葉。
 早速、潜航担当の北大の前田先生と松本首席補佐へ連絡。
 「海底は拝ませてあげますよ」という意味深なお言葉に戸惑いつつも、ともかくの潜航で心は躍ります。
 潜航となれば、研究者より「かいこう」運航チームの方が多忙。
 暗いうちから操縦系/機械系のチェックが始まります。
 朝食後、後部甲板へ「かいこう」が台車に乗せられて出てきます。
 台車の上では親:launcherと子:vehicleの結合はじめ、点検/作業が続きます。
 やがて台車から吊り上げられた「かいこう」は波立つ海面へと下ろされます。
 # ぎりぎりのコンディションで、着水の瞬間の大きなうねりで、
 # ケーブルをとおした巨大な滑車が踊り、ドキッとしました。

 さてゆっくりとケーブルの巻き出しが始まり、しずしずと「かいこう」は潜っていきます。
 あと大変なのは揚収時だけ、ともかくも船長の予言通りに。
 はじめはゆっくり徐々に巻きだしを速めて「かいこう」は_000mの深海底へ。

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再び南へ Sep.18 

 北東海域でも3日続けて潜航できなかったこの日、広域の気象予報によると南部海域は逆に静穏であるとのこと。
 # これがまた全然当たらないんだな。
 無論、相手は気象条件ですから、行ってみなければ判らないのは当然ですが、
 「この海域での3潜航より南での1潜航の方が価値がある」という某首席の駄々(in English)?に根負けして
 1日かけてトランジットと相成りました。

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最終潜航 - Sep.26 

 さて、驚異的に平穏な海況の26日朝、最後のチャンスで潜航。
 この日は前潜航で発見に至らなかった岩石学的モホ:地殻−マントル境界を狙います。
 # この潜航地点を決めるのがまた大変でねぇ…。

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わたくしごとの部屋


深海調査研究船「かいれい」
 海洋科学技術センター(JAMSTEC)所属の研究船(しばしばR/V: research vesselと略記される)。
 1999年のH-IIロケットの探索にも携わった。
 ある理由により平底の船形になっているため揺れは激しい方である。
 運航はJAMSTECが直接行うのではなく、日本海洋事業株式会社(日海事)という企業に委託している。
 日海事は本船のほか「なつしま」「かいよう」「よこすか」というセンター船計4隻の運航を担当しており、
 休暇の関係他で乗員の入れ替えもある。
 2000年 9月のH-IIロケットエンジン捜索のテレビ放映では結構映っていた模様です。
石田船長
 本航での船長を務めてくださった。海上勤務の経験は昭和35年頃の石炭焚き船にまで遡る。
 日本水産所属の間、南氷洋での捕鯨母船はじめ母船式サケマス船団など外洋船での豊富な勤務経験を持つ。
 平成4年11月帰港の最後の船団にも参加されているとのこと。
 # 私、熊谷の函館時代に毎年函館に寄港されていたことになりますねぇ。
 上記H-IIロケット探索時も船長を務められ、某局テレビ番組の取材も受けている。
 センター船「なつしま」の入渠中に神戸で95年の兵庫県南部地震を経験されている。
 # このとき船台から転落した「なつしま」は坂出に回航され、さらに40日の修理を余儀なくされた。
 前述、H-II放送ではOPで不可能といわれた捜索という字幕が出るシーン、
 短く刈り込んだ渋い白髪のオフィサーが双眼鏡を構えますがそれがこの方。
 本編ではインタビューはカットされましたが、
 「ああいうのは嫌いだから、ちょうど良かったよ」と笑ってらっしゃいました。
無人探査機「かいこう」
 唯一の11,000m級深海探査機。深海での機動性の確保のため、launcer&vehicleからなる親子式。

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熊谷英憲